椎名 へきるさん、間島 淳司さんインタビュー

2008年7月7日アニメイトタイムズ掲載インタビュー

PROFILE

椎名しいな へきる 3月12日生まれ。アーツビジョン所属。

間島まじま 淳司じゅんじ 5月13日生まれ。アイムエンタープライズ所属。

椎名 へきる、間島 淳司のインタビュー

初めてラジオの現場に入ったときは

初めてラジオ番組を担当されたときは、どのようなことが印象に残っていますか?

椎名へきるさん:最初の頃は、日本全国から来るおハガキの地名や住所の読み方がわからなくて苦労しましたね。初めてのレギュラーは、『ドリカン』(『SOMETHING DREAMS マルチメディアカウントダウン』)という、富永み~なさんと一緒にやらせていただいた番組だったんですけれど、そこでは毎回注意されていて(笑)。み~なさんはけっこうスパルタな方だったので、いろいろと指導していただき、本当にお世話になりました。

それこそまさに、先輩・後輩の現場ですね。

椎名へきるさん:本当にそういう感じです。あと、たまにコーナーのようなかたちで出演させてもらっていたのが、『ノン子とのび太のアニメスクランブル』。「へきるちゃん、いらっしゃ~い」というジングルも作っていただいて、それが流れると私が登場するというコーナーだったんです。ノン子(日高のり子)さんと、のび太(長谷川のび太)さんにも、すごくかわいがっていただきました。

間島さんの初めてのラジオの現場は?

間島淳司さん:僕は、仕事としてラジオをやらせていただく前に、地域限定の放送局(コミュニティFM)で番組を作っている知り合いから「パーソナリティをやってみない?」と誘われて、30分番組をやっていたんです。そのときは、ラジオでしゃべるのも初めてだったんですけど、パーソナリティは僕1人。話を受けてくれる相手がいないトークって本当に難しいんだなと、すごく勉強になりました。それ以降は、ラジオの仕事だと必ず相方さんがいるので、常にやりやすい形でやらせていただいています。
椎名へきるさん:うん。2人でやるラジオには2人の良さがありますよね。『NATURE』では、けっこうマジーがトーク中に助け舟を出してくれるので助かっています。
間島淳司さん:へきるさんは、話題が豊富。僕がパッと思いつかないときに、さっと話題を出してくれるんです。僕はどちらかというと、話題に食いつく方が得意なので、すごくやりやすいですね。

新人は迷わず進め!

椎名さんの養成所時代について伺ってきたいと思います。椎名さんは「日ナレ」に通われていらっしゃいましたが、当時、どんなふうにレッスンに取り組まれていましたか?

椎名へきるさん:私は17歳のときに、オーディションを受けて、18歳から日ナレの基礎科に入所したんです。レッスンは週に1度だったんですけれど、とにかく早く仕事をやりたかったので、授業だけじゃ足りないなと思い、ダンスレッスンや体力トレーニングなど、自分で補える部分は自分でやろうと積極的にやっていました。当時はとにかく夢中で、がむしゃらに突き進んでいた感じかな。私は、「絶対に1軍であるべき。2軍でトップになってもしかたがない」と思っていたので、「早くこのクラスから抜けて上に行きたい。早く現場の世界に触れたい」と思っていました。

レッスンで印象的だったことはどんなことでしょう?

椎名へきるさん:基礎科のときは、わりと柔軟体操に時間があてられていたんですけど、それでさらに腹筋がアップしたという、そんな体育会系なところも印象深かったですね。あと、みんなの前に出て、自己アピールをすることもあり、やり方は人それぞれなんですけれど、「そこでおもしろいことをできる人が勝ち」と先生が話されたことも印象に残っています。私は一人ミュージカルをやって、アカペラで歌いました(笑)。

レッスンを受けていたとき、悩んでいたことなどはありましたか?

椎名へきるさん:レッスンをしているときは、悩みなんてないですね。もうやるだけ、という感じ。クラスのみんなは、仲はいいけど、やっぱりライバルだったので、なあなあな仲にはなりたくなかった。だから、常に言い合いです。あなたの演技が嫌いだとか、私の方が歌は上手いとか、あなたにだけは負けたくないとか、そんなことも言われて(笑)。
間島淳司さん:すごい!(笑)。
椎名へきるさん:そんなふうに、いい意味でライバルだった人たちはいました。なあなあになってしまった人もいましたけど、私はそういうのって、あんまり好きじゃなかったので、もう一匹狼でもいいやって思っていたくらい。そんな中で、志の高い人が近くにいると、引っ張られますよね。自分もそこに行きたいと思いますし、「あの子はこういうところに気を遣っているんだ。じゃあ自分も負けずにこっちに気を向けてみよう」といった触発もある。デビュー当時って、失うものがない。ゼロからのスタートだから、そういう意味では、すごく志高く取り組むことができたと思います。
間島淳司さん:僕は、同じ課題でも、前の人と同じことをやったら面白くないから、どうやってやろう、と迷いはありましたけど、別にそういうのは悩みとは言わないかな? しいて言えば、僕は事務所に所属してからも養成所に通っていたので、「あいつは所属しているからきっとすごいんだ」なんてふうにまわりが僕を見てくるんですよ。そのイメージを悪い意味で覆すのもイヤじゃないですか。だから、常にすごいことをやっていこうとするのは大変でしたけど、別に悩みはなかったように思えますね。
椎名へきるさん:夢を目指している最中って夢中になっちゃうから、そんなに悩みってないよね。むしろ、目標をバン!と持つことができるから幸せだと思う。迷わず進め!という感じです。

では、レッスン以外の時間でやっていたことや、気に留めていたことはありますか?

椎名へきるさん:映画やドラマを多く観ていました。いろんな世界を観たかったのもありますし、話題に出たときに、すぐ話せるようにしておこうと思って。それに、早口言葉とかは毎日やっていました。あと、体力づくり。家のまわりを50周走ったり、縄跳びでガンガン跳んだり(笑)。どちらかというと私は体育会系で、学生の頃から1人ドリブルとか、1人テニスでひたすら壁打ちとか、そういうのが大好きでした。
間島淳司さん:僕は、今もそうなんですけど、努力が大嫌いなんですよ。家でやりたくないんです。でも、やらなきゃ自分が困ることになるから、やらざるを得ない状況づくりを工夫していました。養成所以外のことに手を出してみたり、「レッスンの課題をやってからじゃないと、これをやっちゃダメ」とか、自分の中で取り決めをしたりして。

なるほど。お2人は、これまでにも数多くのラジオ番組のお仕事をされていらっしゃいますが、デビュー前に、ラジオに対してどんなイメージをもっていらっしゃいましたか?

椎名へきるさん:私、ラジオを仕事でやるとは思っていなかったんですよ。
間島淳司さん:そうですね。僕も養成所の頃は、ラジオをやるとは思ってなかった。
椎名へきるさん:そもそも、私は歌も歌わない人間だと思っていました。役を声で演じる声優さんというものに惹かれてこの世界に入ってきたから、あくまでそこがメインで、ラジオとかは全然考えていませんでした。

ラジオ番組のオファーがきて、初めて現場に入ったという感じですね。

間島淳司さん:僕は、振っていただいた仕事を断る気がないんですよ。来たらなんでもやるぞ!ということで、ラジオもその一環です。幸い、僕は子供の頃からバラエティ番組が好きだったので、そのベースがラジオの仕事で活きてきているのかな。それに、フリートークの勉強ってやりようがないですしね(笑)。僕は、私生活の中で誰かがボケる、みたいなことがよくあったので、それに普通に突っ込んでいたくらい。
椎名へきるさん:でも、そういったマジーの話を聞くと、うらやましいと思いますね。私は、一人っ子の鍵っ子だったので、自分の世界で生きてきていて、1人でいることに慣れていたんです。だから、関西の人の突っ込みあいとか知らなかったし、ラジオも聴くことがなく育ってきたので、ラジオのお仕事をいただいても、最初の頃は何を話したらいいのか分からなくて困りました。それに、兄弟がいれば、注意されたり、後をついていくノウハウが自然と勉強できたりしたんでしょうけれど、そうじゃなかったから、世間のことが本当に分からなくて、当時のマネージャーにもたくさん注意されました。周りの人はいろいろ気を遣えるのに、自分はできないから、本当にお荷物さんで、いろんな人から注意されて…。それでも勝手が分からず、ずっとオロオロしていて、本当に毎日泣いていました。

そんな時代があったんですね。

椎名へきるさん:でも、日ナレで厳しく指導していただいたおかげで、精神面をずいぶん鍛えられましたね。ほかにも、39度の熱があっても、マイクの前に立ったら仕事はやらなくちゃいけない。それは当たり前のことなんだと教えてくださったり、「プロってこういうもの」ということを、当時の日ナレの担当の方がきちんと私に言ってくださったりして、それ以来、涙を見せることがなくなりました。

ライブには「命かけてます!」

そんなデビュー時代から、椎名さんは歌の活動も精力的にされていらっしゃいます。今年、2008年3月にはベストアルバムもリリースされ、感慨深いものがあったのではないでしょうか。

椎名へきるさん:そうですね。やっぱり1曲1曲にその頃の思い出があり、それが積み重なって今の自分があるんだと感じられて、すごく誇りに思えました。その中には、いろんな方との出会いと別れもありましたし、ファンの方や、ラジオのリスナーさん、スタッフの方や業界関係者の方など、さまざまな人との関係の中で築かれていったものだったので、これは財産だと、本当に感謝しましたね。そして、歌の活動をやってきたことで、何かを感じてくれる方や、ありがとうと言ってくださる方がいる喜びも知りました。自分がやってきたことは、少なからず無駄じゃないんだということを、確信に変えることができましたね。

間島さんも、椎名さんの歌を聴いて、思い出されることもあるのでは?

間島淳司さん:ありますよ。CDを買って聴いていた頃のこととか、ライブで聴いたときを思い出して、その時の照明の演出とか、「すごくいい!」って印象に残っていたりして。
椎名へきるさん:照明のこと!? (笑)
間島淳司さん:いや、あるんです! 今でも覚えているんですけど、「MOON LIGHT」って曲があるじゃないですか。あの曲ときに、月の明かりをイメージした黄色い照明がステージに当たっていて、すごく綺麗だったんです。照明ってそういう力があるんだなって、いまだに印象に残っていて。
椎名へきるさん:すごく嬉しい! ライブって、歌っている自分は全体像が見えないから、照明とか分からなくて。そう言ってもらえてよかった!

8月にはライブのご予定もあるとのことで、意気込みのほどは?

椎名へきるさん:命かけてます!
間島淳司さん:簡単に言いますけど、すごい意気込みですよ、それは(笑)。
椎名へきるさん:私、ライブはいつも命がけでやらないと出来ないので。かなり自分を削っていると思いますよ。

椎名 へきる、間島 淳司のインタビュー

ライブの準備も大変ですね。

椎名へきるさん:今の楽曲だと、2年前から準備をやっていないとダメですね。体力や腹筋など、全部含めて、2年前から体を作っていかないと、きっちり1ステージこなせない。だから、週に4日ジムに通ったり、日頃から走ったりしていないといけないんです。でも、私はかえって筋肉をつけ過ぎてしまって、「その体じゃ写真撮影ができない!」と、マネージャーに怒られてしまいました(笑)。だから、この2ヶ月間くらい、ジムに行くのを我慢したんです。「絶対上のクラスまで行こう!」と、何年もかけて体力づくりのクラスの一番上までいったのに、そこだと筋肉がつくことが分かったので、また中級クラスまで落として、「なんだかぬるいなぁー」なんて思っていたりして(笑)。

まさに体育会系ですね(笑)。お話を聞いていると、本当に正反対なお2人です。

間島淳司さん:週4日ジムに行っている人に対して、僕は週7日『モンスターハンター』(ゲーム)やっていますからね(笑)。
椎名へきるさん:そんなマジーも、この間のライブを観に来てくれて。
間島淳司さん:ええ、久しぶりに観させていただいて。懐かしい曲も歌って下さって、体はまったく動かさないようにしていましたが、ものすごいノリノリでした(笑)。
椎名へきるさん:(笑)。でも、私のライブはけっこう運動会的なノリなので、みんな好きなようにはっちゃけていただければ嬉しいですね。一生懸命、みんなが楽しんでくれるライブをしたいと思います。

大切なのは、ライブ感と、応える気持ち

お2人が、ラジオのお仕事で大切にされていることはなんでしょう?

間島淳司さん:ライブ感でしょうか。番組によってですけど、編集を前提にして、パーソナリティに多めにしゃべってもらい、あとで30分にまとめるやり方もあるんですよ。でも、僕は意外とそういう番組が少なくて、「きっちり30分で録りましょう」という現場が多いんです。それだと、話したいことがあっても自分で全部凝縮しなきゃいけない難しさもあるんですけど、いかに自分の伝えたいことを伝えていくかという作業も楽しいので、切って張ったりしないライブ感は、すごく大事にしています。
椎名へきるさん:私は、リスナーの方からいただいたおハガキやメールに対して、誠心誠意、ちゃんと自分の考えた言葉で返したい。上手く言えないかもしれないし、もしかしたら望んでいる答えではないかもしれないけど、「今、私はその内容に対してこういうふうに思っているよ」ということは、ちゃんと伝えようって思っています。

長い時間ありがとうございました。最後に、『へきる、淳司 NATURE』について、今後目指していきたいことや野望みたいなものがありましたらお聞かせください。

椎名へきるさん:私は公開録音をやってみたいですね。私はともかく、マジーは絶対に問題なくできると思います(笑)。
間島淳司さん:生放送でも面白いかもしれないですよ。リスナーの方が、放送中にファックスを送ってくださったりして。
椎名へきるさん:うん。やれるならやってみたいな!
間島淳司さん:僕は、長いスパンでの野望という感じですけど、3年、4年と、この番組が続いていけばいいですね。今は、けっこう短いサイクルで番組が動くことが多いので、そんな中でも生き残っていけたらいいなと。コーナーもない、シンプルなスタイルの番組が、どこまでいけるのか?と、そういうところも楽しんでやっていきたいなと思います。

ありがとうございました!

声マガホーム