2007年11月12日アニメイトタイムズ掲載インタビュー
PROFILE
間島 淳司 5月13日生まれ。アイムエンタープライズ所属。
声優は自分が一番よく知っている職業だった
一番最初に自分がなりたいと思った職業は何ですか?
幼稚園の年中の時は卒業アルバムに「ウルトラマン」になりたいと書きました。
年長になった時も同じことを書こうと思ったら「間島君、それはちょっと……」と言われて、なりたくもないサッカー選手と書きました(笑)。それから高校に入るまで特にひかれる職業もなくて、高校2年になって、いざ進路を決める段階で、「じゃあ、声優かな」と。
アニメは好きだったんですか?
好きでした。一番好きだったのが『魔神英雄伝ワタル』で、このアニメで声優という職業があることを知りました。姉がアニメ好きで雑誌を買っていて、その中に声優の記事があって、「ああ、中に人がいるんだ」と。そして「あの役もこの人がやってるんだ」とわかってきて、中学に入る時には國府田マリ子さんの『ツインビーパラダイス』や小森まなみさんの『ラジカルコミュニケーション』などのラジオも聴くようになって、だんだん声優という職業を知るようになりました。
好きだった声優さんはいたんですか?
山寺宏一さんです。当時、『天空戦記シュラト』とか『ワタル』などに出演されていて、「すごい人だな」と思っていました。『ワタル』では鳥の姿をしたキャラだったのに変身したら美形になったり、『シュラト』ではメインの役以外でもおじいちゃんなども演じて、その幅の広さに感心しました。
なぜ職業として声優を選んだんでしょうか?
たぶん職業の中で一番、声優のことを知っていたんだと思います。親からは「あんたは公務員に向いてる」とずっと言われ続けてましたけど(笑)。学級委員とかもやっていたから堅実なイメージがあったんでしょうし、願望も込められていたのかもしれませんが。
声優になりたいと言った時のご両親の反応は?
「いいんじゃない? あんたの人生だし」みたいな軽い感じで拍子抜けしました(笑)。僕の気持ちを尊重してくれたのかなと思います。養成所の費用も親が出してくれて。「これで失敗できない」と思いました。
日ナレを選んだポイントは実家から通えることと安い学費
声優になるためにどういうふうに進んでいったんですか?
いきなり上京するのも不安だったので、実家から通える声優のスクールで1年間学んで、1年後に日本ナレーション演技研究所(以下、日ナレ)の名古屋校に入りました。日ナレでは僕は1年別の学校で学んでいたので基礎科ではなく本科で1年学び、年度末にある審査を受けたらプロダクションに合格したので上京してきました。その後、事務所に所属しながらも日ナレのレッスンも続けて、ちょこちょこお仕事もいただくようになりました。
日ナレを選んだポイントは?
まず実家から通えて、受講料が安かったことですね。他の養成所に比べて少し安かった印象があります。出身者もすごい方が多くて、実績があったことも安心できました。
1年別の学校で学んだ後だと環境も変わってしまいますが、やりにくさみたいなものはありましたか?
お芝居の勉強をするということは変わらないのでやりにくさはなかったですね。
日ナレでは芝居のベース作りに励む。
本科というと、よりプロに近づくレッスンというイメージがありますが、事務所への所属など具体的な目標がハッキリ見えてきたのでは?
すぐに現場に出られる声優を育てるというより、芝居のベースになる部分を作っていくという、劇団的な舞台役者を養成している感じがしました。例えばまず柔軟運動などをしっかりやって体を起こしてからレッスンをしていたし、立ち稽古も多かったですね。
講師の方から教わったことや言われたことで印象に残っていることはありますか?
集中力を高めるレッスンで「穴が開くまで壁を見つめろ」と言われ、「目からビームを出せ」と。みんなでやると「おお、いいな、間島。ビーム出そうだ」と言われ、「本当に?」と思ったことはよく覚えてます(笑)。でもそれをやるとすごく集中力が上がって、役に入り込む感覚も身についた気がします。
東京校も名古屋校も芝居のできる役者を育てる根っこの部分は同じ
本科から事務所に所属するまでどういう流れだったんですか?
本科1年目の1月くらいに進級審査を受けたら電話で「事務所のオーディションがあるので東京に来てもらえませんか?」と連絡をいただいて、日ナレの東京校の稽古場で関連プロダクションのオーディションを受けました。そして後日、合格の連絡を受けて
その時の感想は?
「もう、行くの?」と思いました。僕の中ではまだ早いなという意識があって、もう1年名古屋で学んで上京かなと思っていたので1年早まった感じがしてました。まさか、1年で事務所に入るなんて思っていなかったので、順調に行き過ぎてて怖さがありました。
ご両親の反応は?
相変わらず、「あら、そうなの?」みたいな感じでした。姉が看護師で実家にいたし、堅実な職業に就いたから弟の僕は「まあ、いいか」というのもあったのかもしれない(笑)。
東京に上京して、事務所に入った後も引き続きレッスンを受けていたそうですが、名古屋校との違いはありましたか?
現場で求められるテクニカルなレッスンが増えた感じがします。やはりお仕事もしているので現場に直結するレッスンが多くなるんでしょうね。でも根っこにある、芝居ができる役者を育てるという部分は変わっていないと思いました。
アニメ&ゲームデビュー作での苦労
ちなみにデビュー作は?
『Memories Off』です。最初はPCゲームで、それからコンシューマやOVA、CD、イベントなど様々な展開があって、印象深いです。上京して1カ月くらいでオーディションの話をいただいて、何となく受けたら役が決まって。まだオーディションに落ちたこともないのに最初に受けたオーディションで受かってしまったので実感があまりなかったんです。収録自体も抜き録り(※)だったので緊張感はなかったんですけど、一人でブースに入って、掛け合いもなく、ひたすら台本を読んでいくのはプレッシャーがありました。それで演じてみたら、まだ僕は20歳なのに「もっと若く」と言われて、「え~!」(笑)。「なんて大変な仕事なんだろう」と思いました。
※抜き録り…役者一人だけで収録すること。ゲームのセリフ収録は抜き録りが多い。
アニメでの初出演作は?
『魔法陣グルグル』の端役でちょこちょこ出させていただきました。『Memories Off』から1年半後くらいでしたね。
今度はたくさんのキャストの方と共演でしたが大丈夫でしたか?
作品がギャグもので、キャラをしっかり作って出てしまえば何とかなったので、初めてとしてはよかったんじゃないかなと思います。
じゃあ、緊張も特に……。
めちゃめちゃ緊張しました! でもやらなきゃいけないことは変わらないので。何とかなった感じです。
ベテランぞろいの共演者に緊張した『モンキーターン』
そして初めてのレギュラー作品は?
『スクラップド・プリンセス』のフォルシス役です。初めての王子様役だったので「大丈夫かな」と思いました。それまでは三枚目的な役が多くて、こういうタイプの役は初めてだったのでビックリしました。とりあえず現場で演じてみたら「気品3割増しで」と言われました(笑)。「それはどうしたらいいんだろう?」とすごく悩みましたね。でもこういうことの積み重ねが役者として血肉になっていくんだろうなと感じました。
ここまで演じた作品で印象的な作品は?
『モンキーターン』ですね。僕以外、みんなベテランで、僕だけレギュラー出演者の中で20代半ばでした。しかも僕が演じた洞口は主人公のライバルで結構しゃべる役だし、父親役は青野武さんで親子ゲンカのシーンもあったのですごく緊張しました。でもそういう現場はなかなかないので貴重な経験ができました。おかげで今では現場で緊張することはほとんどないですね。
ちなみに印象に残る失敗は?
遅刻でしょうか。起きたらもう家を出なきゃいけない時間でした(笑)。さすがに収録が始まっている時間に起きたことはないですけど怖いですよね。特に朝の現場は。
やる役に限りがないのが声優の魅力
この仕事をやっていてよかったことは?
顔出しだと役が制限されますけど、声優ではその人から想像できない役もできるし、人じゃないものも演じることができるのが大きいですね。体験したことのないレベルが顔出しの役者さんより大きいですよね。宇宙で戦ったことないし、ロボット乗ったことないし、魔法使わないし。しかも現場でのダメ出しでも「もっと魔法出して」みたいなこと言われて(笑)。そう考えるとやれる幅が無限と言えるので声優をやってておもしろいし、よかったと思います。
今、現場に出ていて日ナレで教わったことで役立っていると思うことは?
全部役に立っていると思いますが、印象に残っているのが講師の鈴木れい子さんに教わったことです。鈴木さんは体の使い方をよく知っている方で、自己紹介で滑舌的に言えない単語があった時、その人の前に立って、いきなり顔を抑えて「このまま、しゃべってみなさい」と。「怖い」と思ったんですけど、その人がしゃべられるようになって。「この筋肉をこう上げたらしゃべれる」というノウハウがあるんですよね。1年学んでいたら身に付くことが多くて。特にアテレコは舞台と違って体を使わずにマイク前で読むだけなので、自分の体がどうなっているか、どういう風にすべきなのかを考えなきゃいけない作業なので、それがすごく役立っています。
声優になるために必要なことは?
俳優であることですね。舞台経験がないと声をどういう風に作って、どういう風に演じようかというところから入ってしまいがちですけど、もっと内側から出る感情を使っていかなきゃいけない作業なんです。そこがおろそかになっている人も多い気がするので、声優である前に一人の役者であることを認識することです。僕らの世代でも上の方から「今の若い子はマイクワークだけはうまいけど……」と言われたりしますが、それもしゃくじゃないですか。「僕達だって役者なんだぜ」というところは見せたいし、「若い奴らもなかなかやるな」と言ってもらえるようになりたいですね。
レッスンも収録も「発表の場」。毎回ハイクォリティとハイパフォーマンスを目指そう!
声優を目指す皆さんにアドバイスをいただけますか?
やる役に限りのない職業で、アプローチの仕方によってはいろいろなことができてしまうので、たくさんの物を見て、たくさんのことを知っておかなくてはいけないと思います。とにかく何でもやることです。好きなことも嫌いなことも、一見お芝居に関係なさそうなことでもやってみることが一番感性を磨くことになると思います。どうしてもやったことがないことを演じることが多いので、感性で勝負する部分が大きいし。レッスンでも人の感情の流れはつかめるけど、仕事ではその限りでなくなってくるので、いかにその部分を補充できるかは経験値やイマジネーションだと思います。
最後に声優志望の方にメッセージをお願いします。
よく才能について聞かれます。「声優になる才能があるかどうか不安です」みたいな。声優は声が優れていると書きますが、声がまったく同じ人は一人もいなくて、その意味ではみんな才能があるんです。あとスキル面、滑舌とかは磨けばどうにでもなります。だから才能とかはあまり気にしなくていいと思います。あと養成所に入って、つまづくこともたくさんあると思いますが、できない人はやっていないだけです。できる人の何倍も、とにかくできるまで頑張ることです。本当になりたいんだったらその気持ちをぶつけていくだけです。もし日ナレに通うとして週1回のレッスンだったら、週に1回の発表の場があるわけで、そこで何をぶつけていくのかという作業は、僕らが台本をいただいて、週に1度収録をしている現場と同じことをやっているわけです。そのクォリティを毎回高めていく作業は、現場よりも養成所のほうがみんなで長い期間作り上げていくことができるはずなので、現場でやっていること以上に高められるはずなんです。ですから、自分自身も高めていく意識で目標に向かってぜひ頑張っていただきたいですね。
ありがとうございました
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